358日誌。入院生活の始まりと終わりへの話の続き。
このブログは表現に生々しいものを含んでおります。この手の話が苦手な方は申し訳ありませんがここでスルーをお願い致します。
最初の話は下のブログをご覧下さい。これはその続きのブログとなります。
右腕のルートと呼ばれる太めの点滴。この途中がT字型に分かれているのだが、その分かれ目の部分に麻酔を挿入し、麻酔科の医師の一言が僕の耳に入ってくる。
「ちょこっとチクッとしますねー。手術はその後に行いますのでね」
冷たい何かが右腕に流れる感触と言うか雰囲気を感じた。口には酸素マスクが備え付けられている。
その右腕の冷たい雰囲気を感じた瞬間に
僕は病室のベッドに寝転がっていた。
約数時間、説明通りに頚椎にプレートを入れ、傷口を医療用ホッチキスで留め、手術を終え、着衣を戻し、病棟の部屋に戻り、夜中を迎えていた。感覚としてはワープしたのと同じ程度のジャンプアップである。記憶のカケラも残っていない。何一つ、本当に記憶がぶっ飛んでしまっている。強制的に肺に空気を送り込む為に、術後すぐに肺の動きを確認するために何かをしたかも知れないが、一切の記憶は残っていない。
その後病室で何かをしたかも知れないが、それも一切記憶にはない。
だが、事実はひとつ。
2年連続7度目の手術が無事に成功裏に終了した、という輝かしい事実である。
手術が無事に終わったとなると、次は自前の回復力の登場である。首にはガッチリとカラー固定が為されており
逃げ隠れや妥協を一切許さない形になっている。
カラー固定との出会いもこれがほぼ初対面に近く、相手との距離感も分かっていない状態であり、どういう風にアプローチすれば良い関係を作れるかも探り探りである。
術後というのもあり、鼻には酸素、体にはチューブ、大事なところにもチューブ、といった有様である。首周りに力を掛けようものならば、オカダ・カズチカのレインメーカーを放り込まれるレベルの一撃が襲い掛かってくる。
そうなると、今度はカラーの当たる場所に痛みが出てくる。ただぢつと手を見る状態であり、特に寝返りに関しては、このブログを書いている今でも打つことが出来ないのだが、これが辛い。本当に辛い。看護師さんに確認したら「皆さんそうですね」という同意を貰えただけでホッとしてしまう程に辛い状況なのである。
その夜、術後の深夜は、痛み止め、痛み止めの座薬、筋肉注射という新3本の柱を掲げ、即実行に移したのだが、それでもほぼ眠ることができなかった。
うつらうつら、激痛。うつらうつら、激痛。激痛、激痛。
そうなると逆に「激痛に耐えてやろう」と腹を決めることになる。敢えてスマホを触ってやろう、敢えて肩周りを動かしてやろう。
そういう形で、僕は頚椎の手術を終え、最初の夜が明けた。
そこからは、知っての通りの超回復夏男358の登場である。これまで感じていた痺れが大きく表に登場し、今までベールを被っていたものがむき出しになった状態であり、痺れのレベルは跳ね上がった。だが、今のところは大きな違和感もなく、ひたすらにリハビリとリハビリ、こうして指先を使って痺れに慣れる動きを取り入れている。
病院ではいろんな新しい出会いがある。僕の場合だと、作業療法士さん、理学療法士さん、看護師さん、お医者さんと鮮度の高い人達が溢れていて、その人達と接するのが楽しい楽しい。
リハビリできて、お喋りできて。
こういう出会いもまた捨てがたいものである。
健康にこしたことはないが、起こってしまったことは仕方がない。ただ線路の進路が変更しただけである。大胆に行こうじゃないの、せっかくだしね。
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